疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。
休ませてあげよう。 [マタイ11:28]

信仰生活

私たちは信仰生活の中で、喜びの中にある時も、悲しみの中にある時も、いつも神様に祈ります。神様に感謝し、神様を讃美し、罪の赦しを願い祈ります。家族のために、隣人のために、そして平和のために祈ります。イエス・キリストのみ名によってなされた祈りは、必ず聞き入れられ、応えが神様から与えられます。

私の好きな聖句  私の好きな讃美歌

主の祈り

天の父よ
み名があがめられますように
み国が来ますように
み心が天で行われるように 地上でも行われますように
私たちに今日もこの日の糧をお与えください
私たちに罪を犯した者を赦しましたから
私たちの犯した罪をお赦しください
私たちを誘惑から導き出して 悪からお救いください
み国も力も栄光も とこしえにあなたのものだからです
アーメン
 

日曜日の礼拝の中で、必ず唱える祈りです。教会学校やミッション系の学校などで覚えた人もいるのではないでしょうか。「私たちにも祈ることを教えてください」と願う弟子たちに対して、キリストご自身が教えてくださった祈り、それが「主の祈り」です。聖書のマタイ福音書6章9節から13節、ルカ福音書11章2節から4節に掲載されています。

聖フランシスコの祈り

私をあなたの平和の道具としてください
憎しみのあるところには愛を
争いのあるところには許しを
分裂のあるところには一致を
疑いのあるところに信仰を
誤っているところに真理を
絶望のあるところに希望を
闇に光を
悲しみのあるところに喜びをもたらす者としてください
慰められるよりは慰めることを
理解されるよりは理解することを
愛されるよりは愛することを私が求めますように
私たちは与えるから受け
許すから許され
自分を捨てて死に
永遠の命を頂くのですから
 

フランシスコ(1182-1226)は、アッシジの裕福な呉服商の息子でした。最初騎士をめざした彼は、隣町ペルージャとの戦いで捕虜となり、病を得て帰郷し、サン・ダミヤーノの荒れ果てた教会堂で祈っていた時に、「私の家を再建せよ」という神の声を聞き、父親の持っていた布地を売り、そのお金を教会に捧げました。それをとがめられたフランシスコは、服を脱いで父親に渡し、生涯、貧困を妻にしようと決意し、奉仕と労働と托鉢によって、サン・ダミヤーノの教会を再建しました。やがて7人の弟子が、彼と生活を共にするようになり、これが後のフランシスコ修道会となりました。

ニーバーの平安の祈り

神よ
変えることのできるものについて
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ
変えることのできないものについては
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ
そして 変えることのできるものと
変えることのできないものとを識別する知恵を与えたまえ
 

神学者であるラインホールド・ニーバー(1892-1971)は、デトロイトの工業地帯にある教会の牧師として宣教活動を始めましたが、ニューヨークのユニオン神学大学の教授として招かれ、伝統的なキリスト教信仰が、現代社会とどのような関係を持ちうるか、という問題に取り組み続けました。ニーバーは積極的に政治的発言をし、神学と社会問題について多くの著書を残しました。この「平安の祈り」は、ニーバーがマサチューセッツ州西部の山村の小さな教会で、1943年の夏に説教した時のものとされています。