疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。
休ませてあげよう。 [マタイ11:28]

私の好きな聖句

聖書の中にある言葉や讃美歌は、楽しい時、悲しい時など、人生の様々な場面で私たちを支え、励ましてくれます。このページでは、名古屋めぐみ教会の教会員が、日々の生活の中で心のより所としている聖句や愛唱する讃美歌を紹介します。 ⇒私の好きな讃美歌

わたしの恵みはあなたに十分である (コリントⅡ 12:9)

好きな聖句はたくさんありますが、今日はこの聖句を選びました。この聖句は、好きというよりもむしろ力づけられる聖句です。知恵も力も貧しく、最近は肉体的にも衰えを感じます。でもそんな私に神様は、「わたしの恵はあなたに十分である」といわれるのです。神様の恵みが十分に与えられているのですから、何を心配することがあるでしょうか。この句は、「力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と続きます。弱い自分を嘆くのではなく、そんな私を支えてくださる神様に感謝します。(女性)

主なる神は土の塵で人を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。 (創世記 2:7)

神が作られた人間の体は、非常に複雑な生命現象から成り立っている。そこに私は神の力を感じる。神によって人が作られたということに、人が生きる目的や価値が与えられていると思う。自分の両親、家族、友人などとの、多くの出会いや出来事も全て偶然ではなく、神によって用意されている喜びである。私はそのことに深く感謝しながら、神に報いることができるように、奉仕して生きていきたい。 (男性)

Man shall not live by bread alone, but by every word that proceedeth out of the mouth of God.(Matthew 4:4)

当時高校1年生でした。今から45年前です。その頃英会話に興味を持っていた私は、NHKラジオの英会話番組をよく聞いていました。何とか生の英語を聞きたいと思っていたところ、友人から近くのルーテル教会に英会話のクラスがあることを教えてもらいました。その友人に誘われてクラスに参加しました。クラスの先生だったアンセス宣教師から、「英語を覚えるためにも聖句を英語で暗記しなさい」といわれ、この聖句を紹介してくれました。言われるままに暗記した聖句でしたが、その意味を知ったとき、この言葉のような世界があるんだと、その時感じるものがありました。

それから日曜礼拝に出席するようになり、友人と高校生会をつくり、思い出深い教会生活を送りました。そして高3の時、ちょうど着任された戸田牧師の手で洗礼を受けました。そのクラスに誘ってくれた友人は、当時近所に住んでいた同級生で、現在、ルーテル学院大学・神学校教授の鈴木浩君でした。この聖句はシンプルで力強く、全てを包含している聖句だと思います。今でも語感のよい英語のままで自分に問いかけ、時として自分自身を戒めてくれる好きな聖句です。(男性)

どんなことでも思い煩うのはやめなさい (フィリピの信徒への手紙 4:6-8)

前掲の句は、「何毎につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう」と続きます。私は旧恵教会が建って間もなくの頃、初めてこの教会へ来ました。当時はタング先生、大柴先生、ピーダーセン宣教師がいらっしゃいました。この時私は初めて聖書を手にしたのでした。

ピーダーセン宣教師の聖書研究の時、「はじめに聖書の中でどれでも一句だけ暗記してきなさい」といわれました。その時の句かどうかは定かではないのですが、その頃から私の心にはこの句がずっしりと印象づけられたのでした。以来数十年、今に至るまで私の一番好きな聖句なのです。(女性)