疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。
休ませてあげよう。 [マタイ11:28]

初めての方へ

教会の礼拝に出てみたいけど、チョット敷居が高そう。ご安心ください。最初は誰でも不安を感じるものですが、少しだけ勇気を出して教会の扉をお開けください。初めての方には「案内係」がつきますし、もし、一人で静かに参加したいと思われる方は、受付でそのようにおっしゃってくだされば結構です。礼拝や各種集会のご案内はこちらから。

礼拝について

教会活動の中心は、日曜日ごとに行われる「主日(シュジツ)礼拝」です。特に毎月第一日曜日は「聖餐(セイサン)礼拝」と呼ばれ、信徒は「パン」と「ぶどう酒」を受け、主イエス・キリストの教えを守ることを誓います。それは「最後の晩餐」の追体験でもあります。ルーテル教会では、礼拝を1)開会の部、2)みことばの部、3)奉献の部、4)聖餐の部、5)派遣の部の五つの部門に区分しています。礼拝は神との交わりですから、神の会衆への語りかけと、それに対する会衆の祈りと讃美による応答という形式で進行します。
礼拝プログラム例

礼拝のクライマックスともいえるのが聖書朗読です。特に第三の朗読である福音書朗読は、主イエス・キリストが、聖書のみことばとして、会衆に直接語りかけるという意味があります。そして、その日の聖書箇所を、牧師が説き明かすことが説教です。また、ルターが「(讃美歌は)会衆がおこなう説教」と呼んだように、讃美歌も礼拝をより豊なものにするものとして、大きな役割を持っています。「音楽は神からの賜物」だと考えるルーテル教会だったからこそ、J.S.バッハのような優れた音楽家を輩出したといえます。礼拝は、神への「感謝の祈り」を捧げるものでもあります。「主日の祈り」、「奉献の祈り」、「主の祈り」、「教会の祈り」などが、礼拝の中で捧げられます。主イエス・キリストを信じる者にとって、「祈り」は信仰生活の中心をなす非常に大切なものなのです。

聖書について

聖書は「創世記」から「ヨハネの黙示録」まで66冊の書物から成っていますが、統一性を持った一冊の書物でもあります。 聖書はキリスト教の正典(カノン)です。カノンとは規準という意味で、その語源は「(まっすぐな)葦の茎」です。聖書はキリスト教の信仰を正しく理解し伝えるための「規準」なのです。

「旧約聖書」という呼び方はキリスト教において「新約聖書」と対応して名づけたもので、ユダヤ教においてはこれを「ト-ラ-(律法)」、「ネビイ-ム(預言者)」、「ケスビ-ム(諸書)」と呼んでいます。「律法」は創世記から申命記までの5書で、ユダヤ人はこれをモ-セが神から授かった律法の書として特に尊重しています。

「新約聖書」は、2世紀のロ-マ教会で現在の大部分が形成されました。中世の後半、ラテン語は一部の聖職者や学者だけが読める特権的な言語となり、ラテン語聖書は民衆のものでなくなってしまいました。これを一般民衆が読むことができる言語に翻訳し、聖書を民衆に解放したのがマルティン・ルタ-です。聖職者や神学者だけが読めるラテン語聖書でなく、ドイツ民衆が読むことができるドイツ語聖書を原典から翻訳し、出版しました。この出版にあたっては、グーテンベルグが発明した活版印刷の技術が、大きな役割を果しました。

献金について

献金は神さまへの感謝のしるしです。神さまが私たち一人ひとりに与えてくださった恵みへの応答に他なりません。「神は、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。」(ヨハネ福音書3:16)、すべてはここから始まります。私たちは、自分の力も心も時間も、そしてお金も用いて、神さまへの感謝のしるしを捧げるのです。それは、喜びをもって、自分のまごころから捧げるものであり、各自が持っているところに応じてなされるものでもあります。献金には礼拝の時に捧げる礼拝献金、教会の活動を維持する維持献金、そして特別の感謝の思いを示す特別献金などがあります。